最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)542号 判決 1954年8月24日
主文
原判決を破棄し本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告人訴訟代理人の上告理由は末尾添附別紙記載のとおりである。
よつて案ずるに原審は本件売買代金は農地調整法第六条ノ二第一項所定の価格を超過するものと認定し、かかる売買はその全部を無効とすべきものであるとして上告人の請求を排斥したものであること判文上明かである。しかし価格統制の規定に違反した売買は売買を全面的に無効とするものではなく、価格の超過部分だけを無効とすべきものであること大審院の判例とした処である。(昭和二〇年六月二二日昭和一九年(オ)第七六六号事件判決等)尤も右判例は農地に関するものではないのであつて、原審は農地について特別に考えたものの様にも見られるけれども理論は農地の場合においても異る処はない。前記法条はどこ迄も価格の調整であつて農地の所有権移転そのものの統制ではない。右法条の存在に拘わらず農地の売買が同法所定の範囲内の代価で行われるならば売買は何等の支障なく効力を生ずるこという迄もない。このことを考えれば売買がたとえ法所定の価格を超える代価を以て為されても、その代金額が法所定の限度に引き下げられれば売買は有効となり、所有権の移転は認められても法の趣旨に反する処はない筈である。この点に関する限り代金が始めから法定内において定められた場合と後に右範囲内に引下げられた場合とを区別すべき理由はない。(所有権の移転そのものについては他に規定があり、行政庁の厳重な監督を受けるのであつて、これを通過した売買は有効として少しも差支ないわけである。第六条ノ二は単に価格だけの制限であること文理上明であり、これについては第二項改正後の同法第四条第三項、第九条第四項の如き規定は存しない)それ故他に何等か売買を全面的に無効にしなければならない特別の事情の主張立証なき限り売買を全面的に無効とすべきではないのであつて、此点に関する論旨は理由がある(なお本件売買の目的物中に山林が含まれて居たことは原審の認定した処である。そして任意価格による売買の場合には原審のいう様に山林の価格は田畑より低廉であるのが通常であるかも知れない。しかし田畑について統制価格の定めがあり、山林についてはその定めがない場合においては山林の任意売買価格が田畑の統制価格より低いと断ずることは出来ない。遥に高価な場合も有るかも知れない。そして山林はその地上に存する樹木と共に売買されるのが通常であり、樹木の如何によつて非常に価格の相違があるものであるから、原審のいう様に単に山林の価格は通常畑地よりも低いというだけで直ちに本件売買が全体として統制価格を超過するものと、たやすく断じ去ることは許されない)。
以上説示した処により本件上告を理由ありとし原審の判断して居ない争点に関する審理判断をする為め民事訴訟法第四〇七条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三)